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他山の石とせねば。ガラジューに思う。

オリンピックも前半が終了。競泳はメダルラッシュで、メドレーリレーで男女とも有終の美を飾った。サッカーも男女とも4強。体操では個人で内村が金、団体が銀。重量挙げ、アーチェリー、バドミントンなど、ラッキーな面があったかもしれないが、いずれも健闘が目に付く。柔道57kg級の松本選手の気迫には恐れ入った。

問題はやはり男子柔道であろうか。だれもが金を目指していたようではあるが、結局、銀メダル1個、銅メダル3個で、柔道が正式種目になってから初めて金メダルなしという結果になった。しかし、どの試合もあともう一歩届かなかった、というよりは、金メダルがとれそうな雰囲気がなかったというのが正直な感想だ。

Galapagos Iguana by Visceral Vox, on Flickr

金メダルを取ることが全てではない、とは思うが、金メダルじゃなければダメなのだという選手を見ると、じゃあ何故勝てないのかと思わざるを得ない。それは「柔道」と「JUDO」の違いであるとする解説がある。ちゃんと組み合って、「一本」で勝負を決めることを良しとする「柔道」と、ルールの中で勝てばいいので必ずしも組み合わない、いや、日本の選手が組みたがるので、あえて組合いを避ける試合となる「JUDO」とだ。

これは「ガラパゴスケータイ」、いわゆる「ガラケー」を彷彿させる。オリンピックで柔道が正式種目になって国際化した時点から、本来の柔道はこんなのじゃないと言ってみたところで、もはや世界では通用しない。JUDOはもはや日本の柔道とは異なり、柔道が「ガラパゴス・ジュードー」、つまり「ガラジュー」になっていることを認識しなければならない。良いとか悪いとかの問題ではなく、現実だ。国際大会で勝利していくには「ガラジュー」のルールではなく、グローバルスタンダードで勝負するしかないのだ。一本の美学を追求したければ、国内に専念するか、グローバルスタンダードでも結果が出せる策を講じるしかない。

日本はまだその違いを十二分に認識していないのか、認識しているが、十分な対応ができていないのか。どちらが実態なのかは伺いしれないないが、いずれにしろ早急な対応が必要であろう。むろん、対応しない、という選択肢もありえる。

この結果を受けて篠原監督が辞任しないのも不思議だ。結果が出なかったわけで、今まで通りのやり方では通用しないということを思い知らされたのではないか。そうであれば、やり方を変えることが必須だ。そのための選択肢は、監督を変えるか、方針の大変換なのだが、そのどちらでもなさそうなのは理解できない。いずれにせよ、この結果をきちんと整理して、どう対応するのか、対応しないのか、をはっきりしてもらいたい。企業のトップであれば問われる説明責任を果たすということだと思う。