インフィニティソリューションズ株式会社ブログ

コダックの破産法申請に思う

コダックがいわゆるチャプター11を申請した。連邦倒産法第11章のことで、日本で言う会社更生法にあたるもの。これでコダックは再建を目指すことになる。過去にはノースウェスト航空、クライスラー、GMなどが申請を行い、再建を果たしている。過去関わった人間として、コダックも同様に再建されることを心から願ってやまない。

これ以上のコメントをする気はなかったのだが、Fast Companyの「The Way Kodak Died」の記事をみて、少しコメントしてみたくなった。

コダックが何故こうなってしまったのか。フィルム事業に固執しすぎたからだとの論調が多い。Fast Companyの記事では、物理的にイメージを作成する側に重きをおき、仮想的な画像と映像の共有に熱意を払わなかったからだ、としている。

Eastman Kodak Company

結果的にそういうことになるのかもしれないが、ではどうすれば良かったのであろうか。

そもそもの問題はデジタルカメラの出現によって従来のビジネスモデルが崩壊していったことにある。フィルムビジネスというのは、非常に良く出来たモデルだった。写真を撮るには、カメラとフィルムが必要。まずフィルムを販売し、撮影されたフィルムは現像が必須で現像料をもらう。現像しても多くはネガティブフィルムなので、そのままでは見れない。そこで紙に焼付け、いわゆるプリントしなければならない。そこでプリント代を取る。つまり、フィルム販売、現像サービス、プリントサービスの各段階で料金をとる仕組みになっていた。しかも結構なマージンが稼げていたため、写真店も潤う、コダックも潤うというおいしい商売だったのだ。うまく出来たクローズドシステムなのだ。

これがデジタルカメラになると、フィルムも現像もなくなり、儲けどころはプリントだけ。また今までは写真店でプリントしてもらう必要があったが、デジタルになればおうちプリントも可能。儲けの構造が変わってしまったのだ。違う言い方をすれば、アナログからデジタルに変わることによって、従来のビジネス形態ではかつてのマージンを稼げなくなったのだ。

デジタルカメラを手がけようが、写真共有サービスに手を染めようが、かつてのような高マージンビジネスになりようがない。大きな母体を支えるのは困難。

おそらくそこでやるべきであったことは、持てる技術やノウハウを拡張して、高マージンのビジネスを構築することではなかったのか。そのような方向性を打ち出して進められるだけのリーダーシップが発揮されなかったといえばそれまでだが、右往左往していたような印象が残る。その観点でみれば、恐らく富士フィルムは、自らの持てるものを生かし、稼げるビジネスを創出することに成功し、そこに行き着くためのリーダーシップが機能したということかと思う。

いまさらこんな話をしてもコダック再建には役に立たないが、岐路に立った時になすべきことは何か。その観点からもコダックから学ぶことは多い。